
WOSH design 代表のリキワダです。
自己紹介(産まれてから今の仕事をするまで)をさせていただきます。
1989年、父・母・姉2名のファミリーのもと、アメリカ・カリフォルニア州にて生誕。アメリカのパスポートにはRiki Jefferey Wadaって書いてあります。ですが、ほぼ産まれたてのBabyの時に帰国したため、私はバリバリの日本育ち。小中はサッカー少年。ギリッギリの成績でせっかく入った豊田北高校を3年生になった途端に中退し、親のスネにかぶりつき、アメリカの高校に編入しました。卒業後はシアトルでSUSHI LANDという回転寿司屋で働きながらテキトーに過ごしながら、なんとも誇れないアメリカンライフを過ごしました。
突然ヘビーですが、高校2年生の時に、父親がガンで亡くなりました。父は海外出張が多い仕事(40カ国以上行ったことがあると誇っていた)をしていたせいか、とてもアメリカナイズされていて、ウザ面白く、人から愛される人でした。父は大手自動車メーカーに勤めていましたが、私が自動車関係の会社に就職しやすいような高校に進学するのが無難かなーと、一時期考えていたところ、それは辞めるようにアドバイスされ、「リキには好きなように生きて欲しい」と伝えられました。これも私の人生で大きく影響しています。
ハタチ頃に帰国し、ふらふらとフリーター生活をしている中で、豊田市のAFFINOというお店の求人広告を見かけ、「昔料理人になりたいって言ってたし、外人とか来るかもしれないし、バーテンダーモテそー」ぐらいの勢いで、応募をしました。今思えば、ここが人生の大きなターニングポイントだったと思います。
少し遡りますが、中高生の頃、イキがってバンドなんぞをやっていたので、チラシやCDのジャケット、ステッカーなどをカッコつけて作っていたちょっとした経験がここから活かされます。
正直、人生の中で「デザイナーになる!」と思ったことはありませんでした。小学生のときは「料理人」に、中高校生の時は「教師」になりたいと言っていたこともありました。なので、デザインのことを学校で学んだり、デザイン系の会社に勤めた経験はありません。
話を戻しますが、その飲食店に勤めてスグ、アルバイトの身分ながら「メニューとかもっとジブンいいもの作れますよ」と、生意気をこかせていただいたところ、社長は快く承諾してくださいました。
そのお店のメニューやポスター等々、販促ツールを作成するようになり、社長に「社員として働かないか?」とお誘いをいただき、「ずっと飲食業でやっていくつもりはないですが、宜しくお願いします。」と返答したのを覚えています。(そんな舐めたこと言う若造に対しても社長は「おもしろいよなぁー」っと言ってくれる社長でありました。)
勤めていた店舗のデザインだけでなく、当時の店長が独立開業する際や、勤めていた飲食店を通じて知り合った方のお店のロゴ、看板、メニュー、名刺等の制作など、徐々に外部から仕事の依頼をいただくことが増えていきました。
最初は全くデザイナーになりたかったわけではなく、たまたま自分の周りにニーズが生まれて「もしかして人の役に立てているかも!」と思えたのが"デザイン"だった、というような感じでした。
そしてこの頃当時の社長に「デザイン仕事にしちゃいなよ」と言われ、デザイナーを目指すきっかけとなりました。
社長に背中を押され、飲食店のスタッフとデザイナーという二足のワラジで、少しずつデザイン業務の割合が大きくなっていき、同社を約8年の勤務を経て退社、「リキワダデザイン事務所」として独立開業をすることになりました。
(この先どうなるかもわからない中、このタイミングで結婚し子供もできて、マンションやファミリーカーも購入。技術もお客さんも不足していたなか、強靭なメンタルだけは持ち合わせていたようです。)
「リキワダデザイン事務所」として開業して1年も経たないころに、1人の学生から「採用はしていますか?」と連絡がありました。
マンションを購入し、リノベして自分のワークスペースもつくり「よし、これからフリーでがんばっていくぞゾ!」と意気込んでいた矢先のことだったので、「いやぁ、、、まだ無理、、」っと内心では思いつつ、仕事もまだ少ない中、アルバイトとして少し手伝ってもらうことになりました。
そうこうしているとなぜかもう1人の学生から採用について連絡があり、根拠のない自信を爆発させ「えーい!2人とも採用!」と、2名のスタッフ(MomokoとShizuku)が加入することとなりました。
自分の無謀さも恐ろしいですが、なぜか名もなきデザイン事務所に就職を決めてくれた2人の方がむしろ恐ろしいかもしれません。ありがとう。
そこから覚悟を決め、融資を受けて、事務所も借りて、リノベもしちゃって、、3人体制で再スタートしました。
さすがに3人になってリキワダデザイン事務所って屋号もむず痒い感じでしたので、ちょっと考えた結果「WOSH design」となりました。(ネーミングの由来についてはこちら)
元々の事務所は1・2階がカフェの物件の3階のスペースを間借りしていました。ある日、クライアントの物件探しに同行していたときに、築60年で増改築を繰り返してヘンテコなつくりになっているおもしろい一戸建ての物件に出会い、そのクライアントは即NGだったのですが僕の方が気になってしまって、、今の物件にお引越ししました。
お引越し→改装の様子はWOSHインスタのハイライトからご覧いただけます📱
アルバイトで来てくれていたHiyoriちゃんも加入し、法人化して、株式会社WOSH designとなりました。
そんなこんなで今に至ります。なんとかがんばっています!
今後ともWOSH designをよろしくお願いします!がんばります!
Peace out!
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